大阪地方裁判所 昭和38年(ソ)2号 決定 1963年11月18日
抗告人 岡田芳右衛門
相手方 藤原徳太郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告代理人の申立てた抗告の趣旨は「一、原決定を取消す。二、抗告人の本件仮処分命令の申請は相当と認める」というのであり、その理由は別紙のとおりであるが、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
一、特約に基く通行権の存否について。
論旨は結局、原決定末尾添付図面中(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)、の各点を順次結んだ直線で囲まれた部分の土地約七坪(赤斜線の部分、以下本件係争地と言う)に対する賃借権は抗告人のために留保され、譲渡した賃借土地には包含されていなかつたというのであつて、抗告人本人の陳述書には右主張に副うような供述部分があるけれども、一方他の疎明によれば、相手方は本件係争地も含めて土地所有者の橋本種次郎から相手方所有家屋の敷地を賃借しており、また抗告人もその所有家屋を本件係争地と反対側の私道に面して建築し、その出入口も右私道に通ずるように設置し、同家屋と公道との間に抗告人が建築していた現在相手方所有家屋を、その後その敷地に対する賃借権とともに相手方に譲渡してしまつたことが一応認められ、このような事実を考え合せると、抗告人所有家屋の出入口と正反対で、しかも右家屋の南側ならびに相手方所有家屋の東側をわざわざ迂回して通らなければならない本件係争地を通路とすることは甚だ不自然といわなければならないし、かつまた、抗告人の主張によると、前記図面により明らかなように、現在相手方の居住する家屋の東側の部分は本件係争地の上にあるが、右家屋は抗告人が建築しその敷地に対する賃借権とともに相手方に譲渡したのであるから、少くとも右家屋の下の土地に対する賃借権は相手方に譲渡するのが当然であり、その一部を抗告人に留保することを相手方が承諾することは極めて不自然といわなければならないから、このような諸事情を斟酌すると、抗告人本人の右供述部分もにわかに信用し難いし、他に抗告人の右主張事実を肯認しうるような疎明もないから、右抗告理由は採用できない。
二、囲繞地通行権の存否について。
論旨は、抗告人の賃借地(抗告人所有家屋の敷地部分)はいわゆる袋地であるから抗告人は南側公道に至るため本件係争地につきいわゆる囲繞地通行権を有するというのである。
そこで、かりに抗告人の賃借地がいわゆる袋地になるとの仮定のもとに、抗告人が本件係争地につき囲繞地通行権を有するかどうかを判断する。
民法第二一〇条ないし第二一三条により、袋地所有者には囲繞地通行権が認められるのであるが、これらの規定は隣接する不動産の利用関係の調整を目的とするものであるから、所有権のみならず地上権、永小作権、賃借権等についても、それら権利に基く土地の利用を完からしめるため、右の諸規定を類推適用することが考えられてよい。しかし、囲繞地通行権は本来袋地所有権自体の効力として、袋地所有者が通行のため囲繞地に立入ることを囲繞地所有者に忍受せしめ、いわば囲繞地に袋地所有者の利用権原を確立し、これに対する妨害を袋地所有権に対する侵害とみなし、これを排除しうることを内容とするものであるから、いわゆる物権的請求権の性格を有するものと解せられる。そうだとすると、右民法の規定が本件のごとき袋地賃借権に類推適用せられるとしても、その賃借権は対世的に自己の利用権原を主張し得る場合、すなわち物権的請求権を有する場合に限られ、それ以外の、右のごとき物権的効力を有しない賃借権は直接第三者に対しその行動の自由を制限するような効力をもち得ないのであるから、囲繞地通行権をもまた有しないものと言わねばならない。しかして、袋地に対する賃借権が、賃借権の登記、あるいは地上建物の登記、その他第三者に対抗し得べき要件を具備している場合には、第三者に対し賃借権の内容に応じた法律的効果を主張しうるのであるから、その賃借権は物権的効力を有するものと解せられるところ、本件における抗告人の袋地に対する賃借権が右のごとき対抗要件を具備していることについては何ら疎明がないから、右賃借権が物権的効力を有するものとは認められず、従つてまた囲繞地通行権を有するものとは認められない。
もつとも疎明によると抗告人の本件賃借権は袋地の占有を伴つているものと認められるが、単に占有を伴うだけでは袋地を事実上支配しているというにすぎず、その賃借権を第三者に対抗し排他的に賃借権の内容に応じた法律的効果を主張することができないことにかわりはないから、囲繞地通行権を取得することはない。
そうすると、袋地の利用は賃借権にもとずくかぎり著しく制限される結果となるが、前述のとおり本来第三者に対し排他的に法律的効果を主張し得ない賃借権についてまで、他の権利者に権利行使の制限を受忍させねばならぬような効力を与えるいわれはない。
そうすると、抗告人が本件係争地につき囲繞地通行権を有することは到底これを是認するに由ないところ、抗告人はこの点につき「申請人宅の戸口は西通路に面しており、申請人は長年月に亘つて、右私道を通行しており、格別の支障がなく、申請人宅の便所汲取りについても申請人自身の増築により、これを困難ならしめたこと、本件係争地を使用する以外の方法によりこれをなし得ること、本件係争地は被申請人宅の玄関先にあたり、昭和三七年春頃より草花等を植えている」旨の原決定の認定を非難するのであるが、右認定は本件仮処分の必要性の有無についてなされたものであることは原決定上明らかであるから、右認定の是非は抗告人主張の被保全権利たる囲繞地通行権の存否には何等の影響も与えるものではない。
その他記録を精査しても原決定には何等の違法も認められない(抗告人賃借地と相手方賃借地との境界が抗告人主張の如く前記図面のA、Bを結んだ線ではなく、それより若干南に寄つた線であるとすれば、相手方のなした板塀の設置は抗告人の賃借地を侵奪した不法なものであつて、相手方の権利行使に基くものでないこと多言を要しないから、相手方の右板塀の設置についてはもはや権利濫用を云為する余地はなく、抗告人は相手方に対し不法占有を理由に、その妨害の排除を求めれば足りるものである(これは抗告人において被保全権利として主張しないところである)。そして、抗告人の権利濫用の主張が前記板塀の設置に固執するものではなく、本件係争地での妨害行為のすべてを包含するものであるとしても、抗告人は、前記権利を行使して便所の汲取に支障を来さない空地を確保する余地があるものならば(前記図面によると、右空地を利用しての汲取は、本件係争地を利用しての汲取よりも距離的には短距離であることが窺われ、且つ前記私道上に所有者或は賃借人において妨害物を設置して抗告人の通行を妨害することは前記認定の事情のもとにおいては権利の濫用として許されないものと解するのを相当とするから、本件係争地を利用しての汲取もが可能であれば、右空地を利用しての汲取可能であることを多言を要しない)、まずその権利を行使すべきであり、これをなさず権利の上に眠つたまま、相手方の行為のみを一方的に権利の濫用と非難することは許されない。よし、右権利を行使しても汲取に必要な空地を確保することができないとしても、疎明によれば、他に汲取の方法がないわけでないのみならず、抗告人において便所の汲取に困難を来たしたのは、抗告人自身が相手方に譲渡した賃借土地との境界に接して、抗告人所有の建物に増築したことに基因するものであることが一応認められるのであつて、かくの如く自ら苦境を招く原因を作出した抗告人において、その原因さえなければ全く正当な相手方の行為を権利濫用であると主張することは信義則上許されないものと解するのを相当とする)。
そうすると、本件抗告はすべて理由がないから、これを棄却すべく、民事訴訟法第四一四条第三八四条第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 大野千里 島崎三郎 岨野悌介)
別紙 抗告の理由
(一) 抗告人が前記仮処分命令を申請したのに対し大阪簡易裁判所は抗告人が仮処分の事由として「申請人は被申請人に対し本件係争地の賃借権を譲渡しなかつたものであり仮りに然らずとするも申請人と被申請人との間には本件係争地を共同使用する約束があるのである。若し以上の主張が認められないとすると申請人の賃借地は袋地となり申請人は本件係争地につきいわゆる囲繞地通行権を有し昭和三十七年十一月まで申請人宅便所汲取りのため本件係争地を使用していたところこれを拒否するために原決定末尾添付図面中A、Bの線上にトタン塀を設置した被申請人の行為は権利の濫用である」と主張したのは仮処分の事由として肯認し得ないとして却下した。
(二) 即ち原裁判所は「申請人が被申請人に譲渡した賃借土地の範囲はほぼ原決定末尾添付図面中A、ニ、ハ、リ、Aの各点を順次結ぶ線で囲まれた部分四十二坪五合であること、爾来右土地を被申請人が占有使用しており、本件係争地について申請人と被申請人との間に共同使用の約束はなかつたことが窺はれる」と判断したが相手方が抗告人より譲受けたと主張する四十二坪五合は相手方が勝手に計算した坪数であり従来より両者間に争いのあつたところである。相手方は昭和三十五年五月一日に地主である訴外橋本種次郎と本件土地四十二坪五合について賃貸借契約を結んだと主張するが相手方の賃借地は抗告人より譲受けたものである限り譲受地に付き地主と新契約を締結するについては譲渡人である抗告人の承認を得べきであるに拘らず相手方は何等抗告人の了解も得ずして直接勝手に賃料倍増の好餌の下に地主と右契約を締結したものであつて、其の坪数四十二坪五合なることは到底抗告人の認め得ないことであり、抗告人は新契約の事実を知つた同年九月末に同年八月分の賃借地六十五坪の全地代を供託し現在まで毎月同様の供託を続けて来ているのである。従つて原裁判所が相手方の賃借地の坪数を四十二坪五合と認定したのは判断を誤つたものである。
(三) 更に囲繞地通行権について原裁判所は「申請人宅の戸口は西通路に面して居り申請人は長年月に亘つて右私道を通行しており格別の支障がなく、申請人宅の便所汲取りについても申請人自身の増築によりこれを困難ならしめたことと本件係争地を使用する以外の方法によりこれをなし得ること、本件係争地は被申請人宅の玄関先きにあたり昭和三七年春頃より草花等を植えていること等の事実より囲繞地通行権なし」と判断したが抗告人が長年月西通路を使用しているのは全く其の賃借権者の好意によることであつてこの通路に対し抗告人は何等の権利を有することなくこれを閉鎖される場合もあり得ることであつて其の閉鎖を解く権利を有しないし、又抗告人の増築が同人宅の便所汲取りを困難ならしめているとの判断も相手方の賃借坪数が四十二坪五合であつて其の境界が前同図面A、Bの線であるといふ前提の下に成立することであつてこの境界線に争いのある限り抗告人の増築が東西の交通を不可能ならしめていると判断すべきではなく、たとえ東西の交通が可能であるとしても西通路を経て抗告人宅地を東西に通じて抗告人宅の便所汲取をすることは汲取車のホースの長さが不足して不可能である。更に本件係争地を使用する以外の方法により抗告人宅の便所汲取りをなし得るといふ点についても以外の方法とは東隣のブロツク塀(高さ約二米)を乗り越えたり北隣の倉庫内の材木を片づけて其の隙間を通つたりすることであるが期様な方法は全くの非常手段であつて、これこそ隣家の見るに見かねた好意による一時的のものであるか、斯様な方法があるから本件係争地を通らなくても支障はないと判断すべきではない。又相手方居宅の玄関が本件係争地に面するとの判断も誤りであつて右玄関は前同図面相手方居宅の南側にあり、本件係争地に対する出口は勝手口である。以上の理由により原裁判所の決定は甚だ不当であり、少く共抗告人宅の便所汲取りのために本件係争地を使用する必要は急を要し人道上の問題でもあるので本抗告に及ぶ次第である。